<あらすじ>
ドイツの港湾都市ハンブルク。諜報機関でテロ対策チームを率いる練達のスパイ、ギュンター・バッハマンは、密入国したひとりの若者に目をつける。彼の名前はイッサといい、イスラム過激派として国際指名手配されていた。イッサは人権団体の若手弁護士の女性、アナベル・リヒターを介して、銀行家のトミー・ブルーと接触。彼の経営する銀行に、イッサの目的とする秘密口座が存在しているらしい。一方、CIAの介入も得たドイツの諜報界はイッサを逮捕しようと迫っていた。そして・・
フィリップ・シーモア・ホフマン、レイチェル・マクアダムス、グレゴリー・ドプリキン、
ウィリアム・デフォー、ロビン・ライト、ニーナ・ホス、ホマユン・エルシャディ、
ダニエル・ブリュール、マハティ・ザハピ、ライナー・ボック 他 出演
アントン・コービン監督作
<感想>
スパイ映画にありがちな漫画みたいな派手な展開や
ワクワクするようなアクションは一切ない。
映画の中の出来ごとすべてが他人事には思えないほど
緻密で丁寧に積み重ねていくので気がつけば
瞬きをするのも忘れてしまうほど観入ってしまっていた。
人間と機械との違い。それは人は決められたこと以外でも
自分の考えで人の心を持って対応することが出来ることだと思う。
主人公のギュンターは獲物をとらえるためならどんなことでもやるけれど
そのやり方は人間的でもある。確かに彼と一緒に働く人たちにとっては
酷な場面もあれど、スパイとして地道に作業を重ねるギュンターは
守ってあげたいものもハッキリしていて、そして、小さなことよりも
本来の大きな敵に向かっているから、どこか彼に共感できてしまう。
それは演じていたのがフィリップさんだったというのも大きい。
彼が演じるとどんな人物も、どこかにいそうなのだもの、
本当に実在しているような温度が、リアルな温度があるんだもの。
だからこそ、ラストにやってくるあの場面が、あまりにも残酷。
何か、大切なものを根こそぎひっこぬかれたような
人間の存在そのものを否定されたような、機械でいいよって言われたような
人として生きることは、もはや甘え以外の何ものでもないのか
心を持ってはいけないのか、そんなことを考えることさえも
無駄なのかという、絶望以上の哀しさが襲ってくる。
と、同時に気が付く。
誰よりも狙われた男というのはギュンターだったということを。
彼が狙われていたのだ、彼さえ押さえておけば、全部いただけるから、と。
おいしいところだけ根こそぎ持っていく奴らのしたたかな笑みとともに
真面目に地道に積み重ねて生きることへの酷な仕打ちが容赦なく踏みつけていく。
「すべての命、空っぽの部屋、何のためだったのか、
自問することはあるか?自分の仕事を」
ギュンターの言葉はそのままフィリップさんの言葉に思えてきて
もう、涙がお腹から飛び出しそうになってしまう気持ちになってしまった。
煙草を吸う姿、テディベアのようなまるい背中、
不器用そうな指でピアノをおもむろに弾く姿、
何も説明がないのに、孤独が伝わってくる。忘れられない。
彼の醸し出すもの、放つ声、佇まい、何もかもが、素晴らしかった。
あまりにも素晴らしすぎて、やりきれなくて、しばらく動揺してしまった。
映画の帰り路、エンドロールに流れたトム・ウェイツさんの
「Hoist the Rag」がずっとグルグルまわっていた。
彼のハスキーなしゃがれ声の中で、さっき観てきた
映画の場面たちを思い出して、涙が出そうになる。
そんな気分になったのはひさしぶりだった。
帰り路まで気持ちが引きずり、帰ってからも思い出していた。
*2014年10月の或る日、TOHOシネマズ ららぽーと横浜にて鑑賞